2015年7月31日金曜日

和漢比較文学会海外特別例会パネル趣旨

パネルA
Exophony(エクソフォニー・異言語文学)としての近世日本漢詩-唐風との関わりを中心に-
 福島理子 康盛国 新稲法子 鷲原知良

 「エクソフォニー(EXOPHONY、異言語文学)」とは、多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波書店、2003年)にキーワードとして用いられて広く知られるようになった語で、「母語の外に出ること」を意味する。ドイツで暮らし、ドイツ語でも創作活動を続けている氏が、自らの経験と重ねあわせつつ、母語以外の言語を用いて創作することを表現している。
 本パネルでは、近世漢詩史に新たな評価の軸と方法論を設けるべく、このエクソフォニーという概念を導入して、具体的には次の4つの分析を行う。①日本の詩人の語法には各々一種の癖が認められ、それが母語の文法や発想の影響のみならず、作者の志向や性情に起因し、時としてその本質に関わるものですらありうることを論じる。(福島)②十八世紀日本の漢詩壇において大きな影響力を及ぼした中国古文辞派が、朝鮮の文壇にいつどのような人物を通して伝播したかを概観し、日朝漢詩交流の場において古文辞派という共通項がどのように働いているかを示す例を紹介する。(康)③竹枝詞の日本化という現象から日本人の漢詩の嗜好を考察する。(新稲)④江戸後期以降の中晩唐の詩への評価を概観しつつ、日本の詩人は唐詩をどのように観念したかを検討する。(鷲原)
 ここで、重要な分析対象要素として浮かび上がるのが、描出対象をはじめ様々な点で日本との間で異質な唐詩である。異なる言葉や表象に積極的に「同化(Assimilation)」する詩派もあれば、そこから離れ、自らの生活や感覚により近い詩風を求める詩派、あるいはまた日本的な表現を試みるものもあった。すなわち、「地域化(Localization)」への傾斜である。近世漢詩史は、この「同化」と「地域化」の間に振れつつ、表現の可能性を模索した軌跡とみなすことができる。

パネルB
越境する日本漢文学研究-国際的・学際的な考察の促進に向けて―
 高兵兵 中本大 マシュー・フレーリ 町泉寿郎 合山林太郎

 戦後の日本漢文学史は、詩文を中心に、近代に作られた認識の枠組みである“文学”に沿うかたちで記述されてきた。また、多くの場合、日本国内の読者によって享受されることを前提として書かれている。その具体的なあり方に違いはあるが、漢詩文の持つ多様な性質の一面が強調されて理解されてきたことは間違いない。
しかし、本来、漢文学は、経史をはじめとする様々な学問や宗教などと密接につながっている。また、東アジアにおいて共有される漢詩文は、一国の枠の中では捉えられず、中国を含めた広域の文学として考えてゆかなければならないことも明らかである。
 本パネルは、複数の国際的・学際的な視点から、古代から近代に至るまでの日本漢文学をめぐる諸問題を捉え直し、新たな日本漢文学研究について議論しようとするものである。個別の発表内容として、①中国の唐時代と日本の平安時代における詩と文人、及び彼らを取り巻く都市文化についての比較分析(高)、②最新の歴史学及び中世文学の研究成果を踏まえつつ行う五山禅林文学の再評価(文化史的研究に限定するならば、絵画・和歌・連歌・唱導文芸との交感、出版など)(中本)、③日本漢学と漢文学の関係、及び近代における学問の制度に関する総合的な考察(町)、④欧米(英語圏)における日本漢詩文の研究・評価の沿革と文脈についての分析(フレーリ)、⑤近代文学や漢文教育と日本漢詩におけるキャノン・フォーメーション(正典形成、経典構成)の関係についての検討(合山)、の5つを予定している。
 近年、中国・日本両国において、東アジアにおける文化交渉や典籍流入などの観点から、日本漢文学を理解し直そうとする動きが盛んである。本パネルでは、こうした研究の潮流に対して、和漢比較文学の研究がなし得る貢献とは何なのか、また、今後の日本文学研究はどう対応していくべきか、といった問題についても考察を深める。

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